松浦尚子のワイン日記

サンク・センス代表取締役社長/ボルドー国立大学公認ワインテイスター

DSCF4842スペシャルテイスティングセミナーとして開催した、厳選ブルゴーニュワイン5種を飲む夕べ。大変な人気となり、定員11名はすぐに満席、8名のキャンセル待ちになりました。これが他の国や地方のワインだったら結果は違っていたことでしょう。不思議に感じられると思います。ブルゴーニュワインはどうしてそんなに人気なのでしょうか?その理由を知るために、もしかすると世界で一番ややこしいワインであり、だからこそ魅力的でもあるワインを産むブルゴーニュ地方を、少し小難しいところもありますが、できるだけ簡潔にご紹介したいと思います。

まず、ブルゴーニュワインの簡単な歴史を振り返ってみましょう。ブルゴーニュには、10〜12世紀の中世につくられた ロマネスク教会や修道院が数多く残っています。代表例が、11世紀にブルゴーニュで創建したシトー派修道院。中世の時代、ブドウ畑の多くは教会が所有し、王侯貴族たちは、教会の歓心(喜び)を買うため、所有する畑を、先を争うように寄進した記録が残っています。シトー派修道院は、最盛期にはなんと数千ヘクタールのブドウ畑を所有しており、教会の修道僧たちは、ブドウの栽培技術やワイン醸造を熱心に研究し、現代に続くワイン造りの礎を築きました。

DSCF0952しかし、1789年のフランス革命、ナポレオンの帝政時代に「反聖職主義」の嵐が吹き荒れ、ブドウ畑は国家が没収。細分化して農家に売り渡されました。その後、相続の際の平均分与を義務付けたナポレオン民法がさらに畑の細分化を助長し、こうしてブルゴーニュの畑は細かく分割されています。まるでモザイクのようだと言われる畑は、特級、第一級といった格付けが細かになされています。さらにそうした一つの小さな畑を、複数の生産者が分割して所有するため、ややこしいのです。ブルゴーニュ地方で最高峰に格付けされる特級畑で分割されず、一つの畑に一人の所有者(これをモノポールと呼びます)があるのは5つのみ。筆頭がロマネ・コンティで、所有しているのは、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティです。(長い名前ですね。よってアメリカ流には訳してDRCと呼んでいます。)

DSCF0769さて、少し産地の様子を見てみましょう。ブルゴーニュ地方で最も有名なコート・ドール(Cote d’Or/黄金の丘)は南北に伸びる、それこそ黄金に値するような卓越した名産地です。コート・ドールは二つの地区に分けられ、同地方の中心都市ディジョンからニュイ・サン・ジョルジュ村の先までおよそ20kmに渡る北側がコート・ド・ニュイ(Cote de Nuits)地区。およそ2000ヘクタールに広がる東向き斜面です。幅は800mを超すことは稀で、200〜300mの狭さにもなる細長く、ごく限られた土地です。畑の標高は200〜300mとやや高く、気温、日照量とも不足しがちな土地柄で、日差しに恵まれる東から南東向きでないと良いブドウが育ちません。

その南、ラドワセリニーからマランジュまでおよそ24kmに及ぶのがコート・ド・ボーヌ(Cote de Beaune)地区。およそ4000ヘクタールで、東、南東向き斜面の畑が多くあります

DSCF4844複数のブドウ品種をブレンドするボルドー地方とは異なり、単一品種を使ったワイン造りが主流のこの土地では、主に赤ワインにはピノ・ノワールが、白にはシャルドネが使われています。しかし、全く同じブドウ品種でも、数百メートル、なかには数メートルしか違わない畑の距離にあって、味わいの異なるワインができます。これは、アルプス形成の時代に、コート・ドールの丘も隆起し、そのときにできた断層の影響で、石灰岩、粘土質、石の大きさなどの混ざり具合が10メートルごとに違うために起きるのです。さらに日当たりの善し悪しや微小気候など諸条件が加わり、細かい区画ごとに味の違いが一層顕著になっています。もちろん、誰がどのように造るかという人の役割も作用しています。

DSCF0908この狭い地域に、ひしめくブルゴーニュワイン。セミナーでは、女性に人気の高い、シャンボール・ミュジニーボール村の第一級畑の赤ワインや、豊かで香ばしい味わいが人気の白ワイン、ムルソー、そして一番人気だった特級畑エシェゾーの赤ワインなどを飲みました。一本一本に造り手や村、畑によって個性が感じられました。よくワインを飲む方でも、「正直よく分からない」とおっしゃられるほど、奥深いブルゴーニュワイン。とはいえ、最初はあまり力を入れず、自分が出会ったブルゴーニュワインの味わいや香り、造り手の名前を少しずつメモにとってもらい、記憶に残すところから初めてください。だんだん面白さが分かってくると、病みつきになっていくかもしれませんね。